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Last updated: 2009.05.09
昨年末,ゴア元副大統領は(オバマ氏の大統領就任と民主党主導の議会の成立に合わせて)10年間で米国の発電用一次エネルギーにおけるクリーンエネルギーの依存度を 100%にする Repower America を主張しました.世界の石炭火力発電所の半分を所有する米国の実態を考えると,なんと荒唐無稽な... という意見を持たれた方も多かったかと思います.
地球温暖化問題において,たとえば 2020年に向けての中期目標設定などにおいても,その実現可能性が議論になります.しばしば忘れられるのですが,コストをいくらかけてもいいのであれば,ほとんどどのようなことでも実現が可能であるわけですが,そこまでコストをかけることがフィージブルもしくは受け入れ可能であるか?という主観による判断がそこにはあるわけです.
おそらく,ゴア氏の脳裏には,アポロ計画があったのではないでしょうか?人を月に送ることに国家の威信を賭けたアポロ計画は,そのコスト効果性など,ほとんど気にされず,国民がその達成に夢中になったわけです.そしてその計画は成し遂げられました.そして米国国民はおそらくそのことに満足したわけです.
ゴア氏には,米国から石炭火力発電を廃し,再生可能エネルギーで覆い尽くすことは,アポロ計画に匹敵するようなコストを度外視しても実現すべき「社会的価値」がある,と見えたのでしょう.
アポロ計画には多大なコストが支払われましたが,その便益はどうだったのでしょうか?宇宙産業などの発展に寄与したという視点はありますが,あれだけの公的資金を投入する価値があったのでしょうか?最大の便益は,国民全体による(対ソ連の)国威の高揚であったのでしょう.そして国民にその選択がサポートされたわけです.また,米国産業全体の技術を底上げするという点でも,長期的視点で見れば成功だったと言えるかもしれません(少なくとも行うべきではなかったという主張はきいたことがありません).
米国には,そのような大統領の判断ができ,そして(短期的コスト効果性を度外視しても)その実現化に向けて突き進むバイタリティーがあります.とくにそのことが国民のサポートを得たなら,その力は,他の国の追従を許さないでしょう.米国が本気になったら,それはすごいことまで達成する力があることは,歴史が実証しています.ゴア氏は,その本気を出す価値があるテーマであることを訴えたのでしょう.
このことは,現在のオバマ大統領のグリーンニューディールにも現れていると思います.
日本においても,日本版ニューグリーンディールなるものが,環境省からアイデア募集がありました.おそらくその意図するところは,比較的長期的視点を踏まえ(言い方を変えれば短期的採算性を度外視して),未来につながるかなり思い切った投資を行うということかと思います.
ロックイン効果というのがありますが,比較的初期段階できちんと今後の進んでいくコースを設定することができたなら,それは将来に向けて大きな意味を持ちますし,長期的投資採算性という点でも正しい選択であったということになるのでしょう.
逆にそのときに正しい選択をしておかないと,あとになってはもう引き返すことができないわけですね.
日本のニューグリーンディールがそのような考えの下で行われるかどうかはよくわかりませんが,過去,いくつかのすばらしい政治判断が行われたことはあります.
たとえば,東海道新幹線を選択したことなどです.これによって,短期的採算性はわかりませんが,長期的には鉄道を主要交通モードとして選択することができ,自動車を選択するという選択肢より頑健で効率的な交通システムを構築でき,エネルギー安全保障やコスト面からも正解だったと思います.
そのような長期的視点に基づいて,日本のニューグリーンディールも政治的判断がなされることを願っています.短期的な景気浮揚を主目的にすべきではないと思います.
さて,このアイデア募集ですが,わたしは「スマートグリッド・スマートメーター」システムの導入を提案 として意見提出をしました.
スマートグリッドとは,一言で言えば電力グリッドのインテリジェント化です.需要サイドと双方向のコミュニケーションを行うことで,コスト面でも安定性という面でも最適なシステム運用ができるシステムのことです.
とくに,21世紀になって,大量のプラグインハイブリッド,電気自動車,燃料電池自動車などが電力系統につながるということは,大量の小さな電池や発電機がぶらさがることを意味します.これらをきちんと管理し,有効に使うことができたなら,大きなポテンシャルが見込まれるでしょう.もちろん,再生可能エネルギー導入にも大きな役割を果たします.DSM (demand-side management),DRP (demand-response program)をきちんと行うことのできるプラットフォーム整備と言えるでしょう.
一種のインターネット型モデルでもあるので,先行する米国では,GEなどだけではなく,Googleが大きな関心を示しています.
また,このシステムでは,家庭も含む需要家側に設置されるメーターのインテリジェント化と統合化されます.このスマートメーターは,まさに家庭などにおけるエネルギー消費量/CO2排出量の「見える化」の母体となるわけですね.
インテリジェント化を進めれば,さらに多くの付加価値(情報)をそこに載せることができ,省エネ診断サービスなども行うことができるでしょう.その先には,家庭レベル排出権取引制度のプラットフォームとして機能させることも可能となります.
日本では,すでに電気の質という点では世界最高水準を達成していることもあり,このようなシステムを電力会社が自ら率先して先行投資して実施していくということはなかなか難しそうです.ですが,世の中の技術進歩とともに,おそらくおいしところから虫食い状態に標準化されない形でこのようなシステムが入っていくでしょう.そうなってしまうと,全体で最適なシステムを形成することはもう不可能です.
いまのうちにきちんとポテンシャルを最大限活かせるシステム設計と実現に向けての投資が必要ではないでしょうか.21世紀の100年間を見越したニューグリーンディールとして,公的資金をつぎ込む価値のあるテーマだと思っています.
[この文章は,ナットソースジャパンレター 2009年 3月号に寄稿したものに,少し変更を加えたものです]