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Last updated: 2009.05.09
オバマ政権が発足し,世界は「動いて」きました.米国ETS(排出権取引制度)導入に関しては時間の問題ですね.
一般に,欧米はまずゆるぎない「理念」を打ち立て(これにはかなりの時間をかけて議論します),それに基づいて邁進していく傾向にあります.日本はプラクティカルな面に(のみ)関心があるので,どうしても主導権は握れません.そのあたりをもういちど見直したいものです.
さて,排出権取引制度にも,きちんとした理念やコンセプトがあるのですが,今回は,わたしが京都会議の前に,はじめて集中的に排出権取引制度とはどういう制度かを研究したときの経験を踏まえた プラクティカルな先行事例のお話をいたしましょう.
排出権取引の大きな特徴は,対象とする規制対象全体に「総枠」を課すことができるというところにあります(本当はこのことを「キャップ」といいます.その意味でオークションタイプもキャップアンドトレードの一類型なのですね).しかし,総枠内に収めることが必要とされるものは,なにも温室効果ガス排出量だけではありません.
たとえば,日本の面積も総枠が決まっていて,その枠内で土地の売買ができると言うことも,同様の概念であるわけです.土地の世襲制は排出枠のグランドファーザリング割当であるわけですね.ただこの場合のキャップは,物理的制約として最初から与えられているものであり,みずから設定した枠ではありませんので,すこし性格は異なります.
GHG排出規制と類似のものとして,漁獲量規制があります.環境問題ではありませんが,有限の天然資源を再生可能なレベルに抑えるための規制ですね.この規制を,漁船に対する「漁獲権取引」制度として導入している事例が,世界では,EU,NZ,カナダなどいくつもあります.業界用語で ITQ (Individual Transferable Quota) 制度と呼ばれているようです.ちなみに,総枠(キャップ)のことは,TAC (Total Allowable Catch) といいます.トレーディングではなくスワッピングという言葉を使う場合もありますね.
わたしがむかし研究したもののなかで,EUおよびそのサブシステムである英国の例をみてみましょう.この制度でわたしが注目したのは,その多層式構造です:
(1) まず,最上層のEUレベルで,当該海域のある魚種を対象にして,TAC(総漁獲枠)がEU閣僚理事会で決定されます.その際,漁業資源管理委員会からの資源論に基づいたレコメンデーションが重視されます.
(2) それを,過去の漁獲高をベースに,各国に「相対比」で毎年分配がなされます.
(3) 各国(たとえば英国)政府は,英国全体の ITQs(漁獲権)を,英国各地の水産庁を通じてその地域の水産物協会に,漁獲権管理規則に基づいて割り当てします.
(4) 各地の水産物協会は,過去3年間の漁獲高に基づいた各漁船への割当と,管理を行います.
(5) 漁船同士(加えて国同士)は,ITQs のスワップを 随時行うことができます.
この,最初に科学的見地から総枠を決め(これが資源制約問題),それを国際的かつ多層的に,割当・権利・責任が委譲・管理する分権型システムは,まさにGHG排出権の場合においても,かなり参考になります(地域でなく業種に分権化するという方法もありますね).なお,オランダは分権型ではなく,中央集権型をとっているようで,EUの下では国の独立性が保たれています.
この制度では,その他,バンキングが可能であったり,独立並行して漁船のライセンスシステムもあります.リーケージ問題として,quota hopperと呼ばれる英国船籍でありながら 捕った魚を外国に持ち出す漁船への対策が重要課題でありました.
ちなみに,異なる魚種間のスワッピングも可能で,その場合の換算は,cod-equivalentが指標となります.Codとは「たら(鱈)」のことですね.
その他にもいろいろな制度を調べ,いろいろ考えてみました.
米国で,大気汚染物質規制として,1970年代に始まった初期のベースラインクレジット型排出権取引制度は,規制制度としても市場という面でも機能しませんでした.これらのスキームでは,トランザクションコストの大きさや,規制ルールの度重なる変更・不確実性が失敗の原因になったわけです.この経験を踏まえ,EPAがつくった制度が,電力会社の火力発電所間SO2取引制度です.規制制度としてもきわめて有効に機能しました.市場という意味でも,排出権の価格が,ちょうど低硫黄炭の価格と高硫黄炭の価格差になっている=市場がきちんと機能していました.排出量のモニタリング,排出権のトラッキング,不遵守事のペナルティーという遵守スキームとしての堅牢性に基づくキャップアンドトレードが,成功する排出権取引制度の要件であることがここで証明されたと言っていいでしょう.ちなみに,EU ETSはこの制度をお手本にしています.
ロスアンジェルス地域の SOx/NOx規制である RECLAIM では,ルールメイキングにおけるコンセンサス形成・利害調整プロセス が特徴的でした.また,規制対象事業所を2つに分け,半期ずつオーバーラップする形での目標期間設定は(相互の事業所が取引可能),排出権市場価格安定化や遵守検証負荷の軽減策として,ユニークなものでした.
また米国では,有鉛ガソリンの無鉛化という環境問題に,石油精製業者の各精油所に対して,「ガソリンへの鉛添加権の取引」制度を導入しました.階段状に強化されていく規制に対し,企業がバンキングを有効に用いて,「なめらかに」規制に対応していった成功事例でした.環境規制として,需要側の鉛「排出権」でなく,供給側に鉛「添加権」としたところも,デザイン上のユニークなところでした.
日本では,試行制度のデザインにあたっても,(日本独自という点が重視されたかどうかはわかりませんが)過去の類似事例から,ほとんど学ぼうとしていません.
上で述べたように,排出権取引制度や類似の規制制度には,成功例,失敗例がいっぱいあります.
上では述べませんでしたが,EU ETSに先行した英国ETSは ルールをあまりに複雑にしたがために,見事に失敗しましたし,BPの社内(国際)排出権取引制度においても初年度にバンキングを入れなかったために,価格暴落というEU ETSファーストフェイズと同じ失敗をしています(EU ETSより前ですので,EUが学ぶべきだったわけですが).
デザインされた制度そのものだけでなく,それを形成していくプロセスにおいても,先駆事例には,いろんな目から鱗のアイデアがいっぱいあります.
せめてそれらから学ぼうという姿勢だけでもみせてもらいたいものです.
日本においては,政策にビジョンがない... とよく言われます.最初に述べた理念やコンセプトの話と言えるかもしれません(ちなみに欧州では 環境/温暖化問題対応は,もはや国際戦略の域を超え,彼らのアイデンティティーのひとつと認識されてきているようです).
ここで,包括的な温暖化政策や,その一部であるキャップアンドトレード制度のデザインにおいて,いいものをつくっていくアイデアをご披露しましょう.
それは,モニュメンタルな建物デザインなどに用いられるような「コンペ」を広く行うことです.「地球温暖化政策デザインコンペ」です.
シンクタンクなどにとって(調査ものを超えて)自らのクリエイティブな力を試す場でもありますし,役所,企業や個人が参加してもいいでしょう.メディアを含め,それを国民の前でオープンな形で議論することで,国民の関心も高まりますし,民主的な政策決定プロセスとしての日本型のモデル発信となりえます.政治家は,そのプロセスを通じて,最終的にどれを採択するかの「判断」をすればいいわけですね.
期限をきめ,日本(もしくは世界から?)日本の短・中期の温暖化政策のプロポーザルを募るのです.
などを内容とし,付帯条件として
を満たす必要があるとするといいでしょう.
それを,それぞれ1時間程度のプレゼンテーションを行い,公開討論会,メディアでの横並び比較 などを通じて,国民に問うプロセスを導入するのです.
このアイデアはいかがですか?
[この文章は,ナットソースジャパンレター 2009年 2月号に寄稿したものに,少し変更を加えたものです]