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Last updated: 2002.09.01  

日本は率先「垂範」よりも率先「実証」を
  ― 長期的観点から京都議定書を見る

要約

京都議定書が世界の温暖化防止に貢献するならば,それはどのような筋書きになるのだろうか. 今月は,京都議定書が長期的・世界的にどのように展開していくかを,既存の政策科学研究をベースに検討する. そして,これをもとに,京都議定書第一約束期間(2008 年 〜 2012 年)における国内政策のあり方を考える. 「先進国の率先的取組み」は必要である.しかしそれは,コストを度外視して数値目標を達成し, 他国を説教することではない.温暖化防止政策が,経済などの他の政治目標と調和させつつ, 意味ある手段を通じて実施できることを「実証」すべきである.それによって, 他国も温暖化防止政策に踏み切れるようになる.

日本,京都議定書を批准へ

日本は京都議定書を批准することとなった.ロシアの動向という不確実性は残っているが, 京都議定書の発効は濃厚になった.

2 月号において,筆者は,「批准をするならば,国会で議論をする機会を捉えて, 日本なりの議定書の解釈を固めておくことが必要である」と述べた.残念ながら,国会は相変わらずこれをせず, 何の条件も付さずに批准してしまった.全く残念である.ただし,これからも交渉は継続するのであり, 今後も国会が関与する機会はあるだろう.交渉の節目節目には,政府交渉に対して明確な指針を示してほしい.

アジェンダ・セッティングに参画しよう

さて,今月は「京都議定書は長期的・世界的文脈でどのような意味を持つのか」という話を中心にすえる.

これは,京都議定書第一約束期間(2008 年 〜 2012 年)以降に,国際的な温暖化防止制度がどのような 発展をするかという問いでもある.

この議論は,決して時期尚早ではない.京都議定書では「2005 年までには,2013 年 〜 2017 年の間の 数値目標の交渉を開始する」ことになっている.

この交渉へのインプットとなるためには,研究はいますぐ始めなければならない.きちんと研究し, どのような合意がありうるのか,それはどのような結果をもたらすのか,ということをいまから整理しておかないといけない.

「そのような議論は誰かがどうせやるから,作業が進んでから後で話に入ればいい」という態度は禁物である. ここが日本のもっとも弱いところだ.合意形成のプロセスにおいては,全体の枠組みをどう設定するかというところが 最も重要であって,このプロセスを他人任せにしておくと,一見ラクをできたように思えるが, 後々大きな問題をかかえることになる.

京都議定書がまさにこの例だった.「1990 年を基準として先進国が 2010 年の数値目標を設定」という大枠が 決められてしまった後で,森林吸収やら排出権取引などの細部をいろいろと交渉することになった.

しかし,この大枠の設定時点で,省エネが進んでいた日本にとって圧倒的に困難で, 東欧の経済が崩壊し天然ガスが普及段階にある欧州にとっては容易な状況になることは目にみえていた. このような愚を繰り返さないためには,国際的な枠組みを作り出す作業に,労を惜しまず積極的に参加しなければならない.

このような試みは,「国際貢献」という言葉があるように,実利を伴わない寄付のようなものであると考えられてきた. しかし,これは大きな間違いである.ここに重要な国益がかかっている.

また,実利抜きでも,早めにありうる問題点を提示しておくことで,本当に実効性のある国際的枠組みを作り出すことになる. これは地球全体のためによいことである. このような観点から,国際的な枠組みを作りだす政策科学研究を振興していきたいものである.

「わたしはこう思う」という感想や意見表明も結構だが,世界的な説得力をもつためにはこれだけでは足りない. じっくりと時間をかけて政策を研究すること,それをベースに国際的な対話を繰り返していくことが必要である.

今月は,京都議定書の将来を考えるにあたって,どのような政策科学上の概念があるかをざっと紹介し, それをもとに議論をすすめよう.

京都議定書の拡大?

京都議定書の将来について,普通に言われていることは,だいたい以下の通りである.

「京都議定書が,その構造を変えないまま,徐々に深化・拡大を遂げていく. すなわち,このシナリオでは,京都議定書の第一約束期間(2008 年 〜 2012 年)に引き続き, 第二約束期間(2013 年 〜 2017 年),第三約束期間(2018 年 〜 2022 年)の数値目標,というように, 5 年おきに数値目標が京都会議同様の国際会議によって決定されていく. この間,先進国の目標はどんどん厳しいものになってゆき,また,途上国も徐々に参加するようになっていき, 世界全体の排出量の殆どをカバーするようになる.このようになるためには, 日本をはじめとする先進国が数値目標を厳密に遵守すること,とくに国内対策で目標達成して 範を垂たれることが必要である.」

このような議論はよく耳にする.しかし,これは一見よいことを言っているようだが,かなり単純な発想である. とくに致命的なのは,具体的にどのようにして温暖化防止政策が世界に広がるのかを詳しく考察していないことである.

囚人のジレンマ?

「京都議定書の拡大」シナリオに対する(これも古典的な)反論は,「囚人のジレンマ」理論である. 「囚人のジレンマ」とは米国の数学者ノイマンが創始したゲーム理論の術語であり,温暖化防止の文脈では以下のようになる.

「どの国も,温暖化防止のコストは他国に払わせて,温暖化を防止できたというメリットだけを享受するほうが, トクである.だから,温暖化防止を進めるための国際協力などうまくいくはずがない.」

新聞などで「現実にはむきだしの国益のぶつかりあいがあるので,世界規模での温暖化防止はなかなか進まない」 などと報じられるのも,このような考え方がぼんやりと背景にあるのだろう.

しかし,この考え方も単純にすぎる.「個々の国がその利益(とくに金銭的利益)を最大化するために行動する」 という前提は,経済学や政治学の分析をするための方便として考え出された世界観にすぎず, それが実態にあっているかどうかは分からない.分かり易い考え方なので,よく信じられているが, 国際環境政治の実態の理解としてはあまりに一面的である.

たとえば,このような理論では,そもそもなぜ京都会議で京都議定書に合意することができたのか, そのこと一つをとっても説明がつかない.国は,一見金銭上の利益を損なうような行動をとる場合も多々あるのだ.

「因果経路」の研究

実際は,国は利益を最大化する一つのプレーヤーではない.どの国のなかにも無数のプレーヤーが 複雑に相互作用しながら活動している.したがって,どのような国際環境政治のシナリオでも, その中の主要なプレーヤーを同定して,それが特定の国際的枠組みの中でどのように運動するか, その力学について考えをめぐらせる必要がある.

この際,単に「こう動くはず」という想定だけではいけない.類似の先行事例におけるプレーヤーの行動パターンを分析し, それをもとに将来の動き方を予想することになる.これが政治学ないし政策科学 (political science または policy science) の手法である.

では,京都議定書はどのように政府,企業などのプレーヤーに作用するのだろうか. その結果として,どのような制度が新しく作られていくのだろうか.それは,途上国にはどのようにして 影響をおよぼしていくのだろうか.

この一連の因果経路 (causal pathway) について,国際環境法全般を対象として,オラン・ヤングが研究している. ここでは,これを温暖化防止の文脈で敷衍してみよう.

因果経路の同定にあたっては,話が拡散しないために,作業仮説としてシナリオを決めておく必要がある. ここでは,「京都議定書が長期的・世界的観点からみて成功をおさめる」というシナリオを想定しよう. このようなシナリオに基づき作業することによって,日本がなすべきことや,京都議定書の問題点を浮き彫りにできる.

京都議定書の「成功」シナリオ

思考実験として,京都議定書の将来について,楽観的シナリオを考えてみる. 先進国で省エネ・新エネなどの政策が効果をあげ,温室効果ガス排出量が減る.京都メカニズムも機能して, 全ての先進国が 2008 年 〜 2012 年の数値目標を遵守する.温暖化対策のコストも経済を顕著に 害するほど大きくないということが,実感として各国に共有される.

さらに,温暖化対策技術のマーケットが生まれ,技術開発が活発に行なわれる. そのような技術を持つ企業は規制の強化を求め,成功体験に後押しされて,国民もより野心的な温暖化対策を求め, それが実現していく.

このように,各国内で温暖化防止政策が支持を得るようになると,国際交渉における数値目標設定の場においても, 自国政府に厳しい政府を約束させようとするようになる.また,他国の政府が緩い目標を設定しようとすると, それに一斉に圧力をかけるようになる.このような圧力によって再び厳しい数値目標が設定される.

「途上国参加」の運動学

このような先進国の活動をみて,途上国内部にも,温暖化防止政策推進に利益を見出す企業が生まれ, また,国民のそのような政策への支持も高まる.このような勢力が強くなると,今度は国際合意として, できるだけ野心的な数値目標を約束させようという力が高まる.

はじめから全ての途上国でこのようになるとは考えられないが,豊かになった国から順に環境意識は 高まっていくのが普通だから,徐々に国内の意見のバランスが開発優先から環境優先にシフトし, 国全体として環境対策を積極的にとるようになっていく.

このような「所得上昇にともない環境意識が向上し,対策が採られ,環境が実際に改善される」という現象は, 「環境クズネッツ曲線」と呼ばれており,研究されている.「曲線」と呼ぶのは,縦軸に汚染水準をとり, 横軸に所得水準をとったときに,それが逆U字型の曲線を描くからである.

例えば SOX の排出について,この存在が確認されている. アジアの SOX 排出については,日本は 1970 年ごろにピークを迎えたが, 韓国やアジアでは 1980 年ごろにピークをむかえた.中国でも,最近では積極的な環境対策が実施されるようになり, ようやくピークを超えたと見られる.

このように,先進国で行なった環境対策は,途上国でも所得水準の上昇に従って実施されるようになるのが普通である.

「途上国参加」を進める要因

このような議論をすると,「それは汚染が国内問題の場合であって,国際問題ではそのようにはならない. 韓国や中国が公害対策をするのは,そうしないと自国が被害を被るためであり,温暖化防止では そのようなことは起こらない」という反論がある.しかし,必ずしもそうではない.

「環境クズネッツ曲線理論」の背景には,いくつかの力学が作用している.

第 1 の要因は,「技術進歩と移転」である.韓国や中国で SOX 対策を 大規模に行なえたのは,排煙脱硫設備など,必要な技術セットが日本を始めとする先進国で一通り開発されてきたからだ.

第 2 は,「制度の進歩と移転」である.はじめに先進国で SOX 対策が 実施されるときには,政策当局も産業もどうしてよいかなかなかわからず,また,そのコストも莫大なものになり, 誰がどうするかという調整もなかなかつかなかった.果たして国民経済に大きな打撃を与えるかどうかも未知だった. 日本を始めとした先進国が大幅な排出削減に成功し,それでも順調な経済成長を遂げていることを目のあたりにしたことで, 途上国は環境対策に踏み切ることができた.

第 3 は,「貿易」である.中国が WTO に加盟するなど,世界貿易はつながりを強めている. 貿易が行なわれるようになると,製品の質は高いものが要求される.このためには,旧態依然とした生産設備ではなく, より高度な生産設備を必要とする.高度な生産設備であれば,これまた先進国の標準で作られているので, エネルギー消費もすくないし,環境対策も施されているものが多い.

製品自体も,環境上の性能のよいものでなければ,世界市場で生き残っていくことは難しい. 昨今では中国野菜の残留農薬が話題になっている.「自由貿易は環境破壊的である」というのが環境 NGO などのいう 「一般常識」であって,彼らがシアトル WTO 会合で行なった激しい抗議デモは記憶に新しい. しかし実際には,むしろ,自由貿易による経済統合の程度が高いほど,途上国の環境対策水準が 一気に先進国水準まで引き上げられることが,米国のヴォ―ゲル教授らによって報告されている.

第 4 は,「規範の浸透」である.はじめは奇異に思える概念であっても,ひとたび一定の規範ないしは社会的慣習として 受け入れられると,相当な不自由が起きない限り,人は別段の不満を感じなくなる.人種差別の撤廃,男女同権,赤十字, そして公害対策も,初めは全くばかげた考えであるとして退けられた.しかし,ひとたびその規範が浸透すると, 今後はそれに従うことがごく自然になるし,また,それによるコストがいくらあるといったことはさして気にされなくなる. この過程は,米国のラギーらによって研究されている.

これら 4 つの要因は,国内公害問題であるか地球環境問題であるかということとは関係がない. このため,温暖化問題においても,同様の現象が起こることが十分に予想できる.

先進国の「率先」の意味を間違えるな

このように要素にバラして見てくると,公害対策と温暖化対策について,多くの共通点を見出すことができて, 今後の途上国参加に何が必要かわかってくる.やはり,先進国が率先して対策にとりくむことだ.

ただし,それは「率先垂範」という道徳的なものだけではない.

先進国に必要なことは,数値目標達成を金科玉条として,無理を省みず達成し, それをもって途上国を説教することではない.そもそも,そのような説教は説得力がない. 一人あたりでみれば先進国のほうが圧倒的に排出量が多いことにかわりはないし, 「無理をしないとできない」ということでは,他国を説得する材料にもならない.

むしろ,「このような制度をつくった結果,温室効果ガス排出を削減できました.技術もこのように開発され, 利用できるようになりました.経済成長もひどく阻害されるということなく,順調にいっています. 温暖化防止政策の実施は,いまや公害対策と同様の社会的慣習となっており,国内での異議も特になくなっています. ・・・どこの国でも同様にできます」という「実証」をすることが大事なのだ.

「実証」が必要になるのは,かならずしも途上国参加に限った話ではない.先進国で数値目標を 強化していこうと思うなら,やはりこれがまず何より必要になる.

いまは議定書に参加していない米国といえども,このような実証が他国でなされていけば, 京都議定書への参加まで至らなくても,温暖化対策を本格的に実施していくだろう.先月号で述べたように, 米国においては環境保護的な勢力も強い.米国が未来永劫温暖化対策をとらないという予想は正しくない.

どうすればうまくいくのか

さて,以上は「京都議定書がうまくいく場合」のシナリオであったが,本当にこうなるだろうか?

うまくいくかもしれない.京都議定書が影響を深化・拡大させていくための率先「実証」に力点をおくことが重要である, ということが今月の結論である.

ただし,将来については,2013 年以降は別の議定書にするほうがよい.前述のシナリオを実現するためには, 京都議定書には不適切な要素も多いので,これは取り除いたほうがよい.京都議定書自体はもうあまり変えようがないが, それ以降の国際的な制度については,その枠組みを根底から変えることができる.紙数も尽きたので, これについては,次の機会に譲ることにしよう.

[日工フォーラム社 「月刊エネルギー」 2002 年 8 月号(ドラフト)より]



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