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Last updated: 2002.09.01  

「雰囲気」だけで批准するな

要約

モロッコのマラケシュで開催された COP 7 (気候変動枠組条約 第 7 回 締約国会議)において,京都議定書に関する運用則が採択された(マラケシュ 合意).これを受けて,政府は次期通常国会での批准を目指している.しかし, 国民に具体的負担を知らしめることなく,「時間が無い」と言って批准するなら ば,それは国民を騙すことになる.何が採択されたのかを詳しく検討し,どの ように遵守するのかを明確にしてから批准すべきである.

批准の前提である京都メカニズムの運用則整備は完了したことになってい るが,今のところ京都メカニズムはアテにならない.批准のためには,日露外 交による「地ならし」が急務である.

とにかく批准で国際貢献? ― 雰囲気だけで決めるべからず

やたらと善悪をつけたがる人が多い.京都議定書は善,逆らうものは悪.批 准するのは善,しないのは悪.しかし,世の中そんな簡単なものではない.

一番困るのは,何かを善と決めつけてしまうと,その場の雰囲気に逆らえな くなり,「なんとなく」ものごとを決定するようになることである.そのような 思考停止状態での決定は山本七平氏がかつて「空気決定」と呼んでいた.戦艦 大和の出撃という,軍事上誰が見ても全くばかげた決定も,そのようにして行 われたという.かかる愚は避けねばなるまい.

地球温暖化問題は,例えるならば冷戦に似ている.巨大な脅威に対して 50 年,100 年という時間軸で粘り強く立ち向かわねばならない.多様な国家がそ の違いを乗り越えて結束しなければならない.国民の意志と実践を引き出さね ばならない.そのためには「地球環境保全」という道徳を広く共有することが 重要である.しかし他方で,政策に関る者は冷静に計算せねばならない.その 場の雰囲気だけで物事を決めるのでは,地球環境を守れない.「とにかく批准」 や「国連中心主義」といった初等的な発想では成功は覚束ない.

批准するための 3 つの条件

筆者は批准自体を否定はしない.しかし,京都議定書とその運用則であるマ ラケシュ合意をよく咀嚼し,どのようにして対応するか,その目途をつけてか ら批准すべきである.具体的には,以下の3つの条件を満たすことが必須と考 える.

第 1 の条件: 批准するにあたって発生する国の義務を,どのように国内で 分担するのか,具体的に明らかにすること.

議定書を批准し締結すると,「2010 年までに 1990 年比で △6% の温室効果ガ ス削減」という大きな義務が日本国に課される.これを履行するためには,当 然ながら負担が生じる.場合によっては,とても高くつくことになる.批准す るならば,これを国民に具体的に明らかにして,事前に同意を得ておく必要が ある.民主主義国家である以上,これは至極当然のことだ.

ところが,これがないがしろにされかねない情勢である.2002 年 9 月のヨハ ネスブルグ地球環境サミットに「間に合わせる」ために,次期通常国会で批准 しようという動きが強い.政府のスケジュールはこれに向けて組まれている.

国会はと言えば,COP 6 再開会合に先だって衆参両院で批准の意向を示す国会 決議をした.しかし,この決議はまさに雰囲気のみの「空気決定」であり,満 足できる議論とはとても呼べないものだった.

このまま,国際貢献という美名のもとに,具体的な負担の議論がなされない まま批准されかねない.どのような形で遵守するのかも決めずに批准すると, 議定書不遵守になるか,あるいは国内対策が破綻をきたすことになる.

かかる見せかけの「国際貢献」は無駄で,かえって軽蔑を受けるだけだ.サ ミットに間に合わなければ「民主主義に則って真剣な議論をしているので少し 待ってくれ」と言えば済むはずだ.思考停止状態での「空気批准」が日本にと って有益だとはとても思えない.

第 2 の条件: どの程度まで温暖化対策を行い,どのような場合に遵守を諦 めるのかを明らかにすること.

京都議定書の数値目標の達成には不確実性がつきまとう.これは,数値目標 が 10 年にわたる長期的なものであり,生活全般にわたる環境問題であり,また 景気や失業など,他の政策課題との整合性をその都度取っていかなければなら ないからである.このため,遵守は確実ではないし,確実に達成しようとする と経済的破局がおきる可能性を排除できない.どの程度まで温暖化対策を行い, どのような場合に遵守を諦めるかを,あらかじめ詰めておく必要がある.そう しておかないと,素材産業の海外への強制的移転といった,意味の無い「対策」 を余儀なくされかねないからだ.

第 3 の条件: 京都メカニズムの「ルール」だけではなく,「中身」を確保 すること.これについてはくわしい説明が要るので,項を改めて述べる

京都メカニズムをアテにしてよいのか?

京都議定書の数値目標を達成するためには,国内での排出削減だけではなく, 「京都メカニズム」を利用してもよいことになっている.どこの国もこれを頼 みにしているのだが,本当にアテになるのだろうか.

排出権取引の成功例というのは実は少なく,しかも国内政策に限られている. 米国の SO2 排出権取引がその代表である. 京都メカニズム ― クリーン開発 メカニズム,共同実施,排出権取引の 3 つを指す ― においては,これを世界 規模でやろうとしている.ここまで聞いただけで,かなりの冒険である.

「クリーン開発メカニズム」とは,「先進国が途上国でのプロジェクトに投資 をして,そこでの排出削減分を先進国の数値目標達成のために算入しよう」と いうものである.ところで,この制度はどうもまともに動きそうにない.問題 は2つある.

第 1 は,これが南北問題の中に位置づけられているために,政治的に翻弄さ れて安定した制度にならないと考えられるためである.こういうことは国際交 渉の場に出かけていってその雰囲気を味合わないと分かりにくいが,分厚い「交 渉テキスト」に書いてあるチリヂリバラバラの主張の群,「持続的な発展」「先 進国の責任」といった捉えがたい観念の群を眺めても,何となく分かるだろう.

第 2 は,排出削減分の勘定にあたっては「先進国の投資なかりせば」の場合 ― ベースラインと呼ばれる ― の排出量を推定し,そこからの削減量を見積 もることになるが,「なかりせばの場合」というものはいくらでも考えることが できるので,つねに議論が紛糾してまとまらないためである.これが議定書で はなく例えば日本国の法律ならば,省庁が政令・省令で決めてしまえばよい話 しなのだが,議定書の場合は何もかも国際交渉で決めねばならない.紛糾しだ すともう大変で,えらく時間がかかる.

では「共同実施」はどうだろうか.共同実施は,クリーン開発メカニズムと だいたい同じだが,「先進国間の排出削減プロジェクトに伴う排出削減分のや りとり」なので,だいぶ話しは楽になる.南北問題とは無縁であるし,ベース ラインの問題もだいぶ楽になる.というのは,排出権を売る側も数値目標を達 成しなければならないので,どのぐらいの排出権を移転するかは当事者同士の 交渉にまかせておけばよい話だからである.CDM だと,数値目標の無い国に おける削減量を見積もらねばならないから,ありもしない削減分を投資側と共 謀してでっちあげるおそれありとして,ベースラインは慎重に見積もるべしと いうことになる.

ただし,共同実施にも別の問題がある.プロジェクトの対象と目されるのは 主にロシアなのだが,ロシアという国はそもそも普通の投資環境すらきちんと 備わっていない.これは共同実施以前の問題である.商法や銀行といった資本 主義制度の基本がきちんと整っていないので,投資した案件がいつのまにか乗 っ取られてしまったりしてヤケドを負うことになる.また国内ビジネスにおい ても未払いや不払いの問題が蔓延している.そういう酷い目にあった日本企業 はすでに沢山あって気の毒な限りである.

最後に排出権取引きはどうか.排出権取引は共同実施とだいたい同じだが, 「具体的な排出削減プロジェクトに基づく必要がなく,お金さえ払えば排出枠 を買ってよい」というものである.これならばプロジェクトを実施する必要が ないので,共同実施のような難しさはない.

しかし,排出権取引にしても,本当にどの程度ロシアが売却するかどうかわ からないし,売却益がマフィア経由スイス銀行預金になってしまうのではない かという疑いの目で見る人も多い.なかなか大量購入への道のりは平坦ではな い.

結局のところ,京都メカニズムは今のところ全然アテにはならない.そもそ も,まだ 1 トンも取引したこともないものをアテにしてつきすすむというのは どう考えてもおかしい.

ところで,「京都メカニズムがうまくいかなければ,数値目標未達成の国はた くさん出てくるので,みんなでやり方を見なおそうという話しになってくる. 心配はいらない」という意見もあろう.しかしこれは楽観的に過ぎる.京都メ カニズムで排出枠を購入しなければならない量は日本が圧倒的に多いし,前述 のように欧州はロシアとの取引を伝統的に得意としているので,日本だけが京 都メカニズムをうまく使えないという可能性もおおいにある.

さて,いろいろ否定的なことを書いてきたが,将来においてはこれは改善す るかもしれない.

ロシアの教育水準は高いし,最近では西欧のビジネス慣習が急速に入り込ん でいるから,10 年もたてば見違える国になっているかもしれない.また京都 メカニズムはうまく成立すれば,たいへん有益なものだろう.温暖化防止に関 する国際協力が深化するし,低コストの対策に国際的な投資が行われるし,諸 外国でのエネルギーインフラ整備にも効果的だろう.その整備は積極的にすべ きだ.

しかし,以上はいずれも「かもしれない」「だったらいいな」の域を出ない. 単に「運用則が決まりました」という理由だけで,京都メカニズムをアテに して議定書を批准するのは,明らかに拙速である

京都メカニズムをアテにするには?

前項ではずいぶん悲観的に書いてきた.しかしそうはいっても,批准するな らば,そうおめおめと不遵守になるわけにもいかない.そこで何とかして京都 メカニズムがアテになるものにしたい.どう工夫したら良いのだろうか.

COP 7 で日本政府が腐心したことは,京都議定書の運用則から制約要因を 外すことだ.これは例えば「排出権取引量に上限を設定しない」といったこと である.この交渉はだいたい成功したようだ.

しかし残念ながら,これだけでは十分ではない.「法的な制約が無い」という ことと,「実際にモノが売買される」ということには,かなりの距離がある.

よくロシアが排出権売却のパワーを独占することが問題だという人がいるが, そこまで話しが進むならば,まだましな方だろう.

もっと根本的な問題は,「ロシア相手の商売」はなかなか成立しないというこ とである.このため,これを単純に信じて批准することは,「清水の滝から飛び 降りる」という感じになる.

そうはいっても,欧州がやっているではないか,という意見もあろう.しか し,欧州の場合は根本的に日本とは状況が違っている.まず第一に,安全保障 の観点から,移行経済諸国(旧共産圏)との国交を積極的に深化させようとい う外交上の強力な意志がある.これには,EU の東方への市場拡大という観点も 加わっている.第二に,エネルギー政策としても,天然ガス輸入を通じて強い 結びつきがある.第三に,欧州の数値目標はそれほど野心的なレベルに設定さ れていない.京都メカニズムは強固な外交・経済的結びつきの中に位置付けら れており,さらにその規模自体もそれほど大きくなくてよいということが,欧 州諸国が楽観的になれる理由である.第四に,欧州は京都議定書の運営を支配 している.締約国会合 (COP/MOP) や議定書内の専門委員会を操ることで,京都メ カニズムを必要なだけ利用できる自信がある.

日本にはこの 4 つの恵まれた条件は一切無い.ロシアとは領土問題や漁業問 題もあり,外交は冷戦後もぎくしゃくしている.経済的結びつきは弱く,エネ ルギー貿易も殆ど行なわれていない.議定書の運営も主導権を取ることはおぼ つかない.

仮に日本が排出割当量の 10% を京都メカニズムで購入するならば,ロシア の排出割当量の 4% を購入してこなければならない.しかし,これを民間に「さ あやれ」と言われてもかなり難しそうである.

このように見てくると,京都メカニズムをアテにするためには,ハイレベル での政治的関与が必須である.具体的には,日露の政治交渉 ― 必要なら欧州 も交えて ― によって,京都メカニズムを日本にとってアクセス可能であるむ ね保証する必要がある.

具体的にどのような「保証」が可能だろうか.いくつかの考え方がある. いちばん望ましいのは,

   (a) 必要な排出枠を適宜ロシアが日本に売却することを政府レベルで合意して しまう

ということである.これが無理であれば,全く対極からの発想になるが,

   (b) 排出権市場の「開放」を確保する制度を作る.

これには,GATT/WTO からアイデアを拝借することができる.例えば オランダがドイツから買えるならば日本も同じ条件でドイツから買えるように しておくという「最恵国待遇」的発想でEU市場をこじ開けておくというもの である.これができれば,日本が不遵守になりそうならEU経由でロシアから 排出権を買う ― それもできなければ EU も道連れに不遵守にする ― ことが できる.

いずれにせよ,ロシアから排出権を大量に購入すること自体に,「環境保全に つながっていない」との批判があるだろう.これに対しては,ロシアの売却益 がきちんとエネルギー・環境対策に環流されていることを監視する制度をつく ることが良さそうである.そのような制度は,「グリーン投資スキーム」として, ロシア政府から提案されている.(具体的な設計については,日欧露共同で研究 を進めている.日本からは,筆者が参加している).

「運用則が自由な排出権取引を可能にしている」からといって,流動性の高 い,使い出のある市場が出来ることが保証されたわけではない.通常の商品に おいてすら,自由貿易というのはGATT やWTO といった組織をつくり,強力な政 治的コミットメントを続けて初めて確保できるものだった.排出権については, それを一般の商品と等しく見なすべきではないという意見が根強い.取引は強 力な政治的関与のもとで行われる可能性が高く,その自由な貿易というものが 確保されるかどうかは楽観できない.自由な取引ができるような運用則を作る ことは勿論のことだが,ハイレベルの政治交渉で排出枠の移転の「中身」 について具体的に合意することは,批准の前提としてどうしても必要なように 思う.

参考文献

Sugiyama, Taishi and Axel Michaelowa (2001). Reconciling the Design of CDM with Inborn Paradox of Additionality Concept, Climate Policy vol. 1, No. 1, January, pp 75-84. ISSN 1469-3062. (downloadable at internet homepage http://www.elsevier.nl/inca/publications/store/6/2/1/2/6/7/). (電力中央研究所学術論文 RY 00005);邦文版は杉山大志,アクセル・ミヒェロヴァ (2001) CDM の制度設計 ― 追加性のパラドックス,電力中央研究所研究 調査資料 Y 00921.

[日工フォーラム社 「月刊エネルギー」 2002年 1 月号(ドラフト)より]



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