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Last updated: 2008.6.25
企業の懸念
先日,コペンハーゲンで行われたCarbon Market Insightsに参加いたしました.そこでいろんな人に会って,EU ETSをどう思うか?という点の議論を行いました.ガス,石炭,電力という流動的な市場がすでにある電力セクターは,とくにEU ETSを怖がるわけでもなく,金融工学の手法を駆使して価格リスクをヘッジしていましたが,一方で,鉄鋼セクターなどは,とくに2013年以降に想定されているオークション方式への危機感を強めていました.
よく聞いてみると,企業による考え方の違いは,温暖化規制のコストを「価格転嫁」できるかどうか?というところに帰着するようです.懸念を持っているセクターも,「取引」制度自体への懸念ではなく(ETSの問題ではなく),温暖化規制の有無,そしてその強度が増した場合の価格転嫁への懸念のようです(ちなみに,無償割当の公平性の懸念が日本には多いようですが,オークションの場合,「オーバー分」だけでなく「全量」購入が必要となり,企業の「直接負担分」ははるかに大きくなります).もうひとつ大きな懸念は,将来の規制の方向性が明確に示されているかどうか?という点ですが(電力セクターの最大の懸念はこれです),それは別の機会に論じることといたしましょう.
競争力の問題
企業は,なぜ温暖化規制をいやがるのでしょうか?実に素朴な疑問ですね.普通は,温暖化規制は,「なにもしなくていい状態」と比較すれば,コスト増になるわけです.
もし,これが為替の問題や原油などの燃料や原料の国際価格上昇などに由来するのでしたら,おそらく受け入れる(受け入れざるを得ない)のでしょうが,環境規制のようなものは,そうではないのかもしれません.言い換えると,世の中がそれを望んでいるという理解があるなら,この点に関してとくに不満を言っても仕方がないですから,この点が気になる人は,世の中の動いているトレンドや要求を「感じていない」ということでしょう.ですので,ここではこの点はとくに問題であるとは考えません.言い換えると,CO2排出規制がどんどん強化させるトレンドにあることは,世の中の要求事項で,CO2制約のある社会になることは仕方がないということですね.
別の視点として,自分だけが「相対的に大きな」コスト負担を強いられるという点に関する懸念があります.これは,「競争相手」と対比すべき点であって,非競争状態にある業種との差異を論じても仕方がありません.これがまさに,鉄鋼業界などが懸念するところであるわけです.
電力セクターは,EUでは,小売りに関しても自由競争がかなり広く導入されています.言い換えると,小売りでの競争に,温暖化対策は影響を与えるということが懸念されます.ですが,(ユニバーサルな規制が導入されている)EU域内での競争になるため,価格転嫁してもそれほど競争力に大きな影響はないと言えるかもしれません.日本では,かなり地域独占が認められており,また電力市場はあまり機能していませんので(電力の世界では取引のことを「融通」という表現を使ったりします),温暖化規制による電力会社間の競争力の問題はかなり小さいでしょう(ガス会社やPPSとの競争は存在します).
一方で,国際市場で競争しているセクターは,とくに発展途上国の企業との競争関係において,相対的不利になることは否めません.価格転嫁がむつかしい状況にあるわけですね.これが本質的問題と言えるでしょう.
共通だが差異のある責任
京都議定書は,先進国の排出量を規制していますが,発展途上国には何も規制を課していません.つまるところ,これが原因になっているわけです.それでは,この先進国にだけ規制を課すことになったのはなぜでしょうか?
これは,京都議定書の親条約である気候変動枠組条約に規定された「共通だが差異のある責任」という概念に基づくものです.「先進国も発展途上国も,地球温暖化問題に対して責任があるが,先にCO2を出して経済成長してきた先進国の方がその責任は重い」という考え方ですね.加えて,「負荷の負担能力も先進国の方がある」という考え方も入っています.この公平性の考え方自体は,おそらく異論を挟む余地はないでしょう.その結果,先進国から対策を採っていくことになった結果が京都議定書であるわけです.
そう考えると,京都議定書はきわめてリーズナブルであるわけで,そのうちに発展途上国にも徐々に規制が導入されてくると考えられます.バリ会議のバリ行動計画は,まさにそれを表しているわけで,2009年末のコペンハーゲンにおいて,次のステージにどう入るかが決まるわけですね.
もちろん,発展途上国への規制が導入されたとしても,先進国との間に強弱は残るでしょう.しかしそれは,温暖化問題への責任の大きさや,対応策を採れる能力という面を考えると,公平性という面で当然といえると思われます(もっとも最近はそう思わないような発言も聞かれますが…).
実際,京都議定書はすでに動いている=批准国は参加することを認めたわけですので,これ自体にいまさら不満を言っても仕方がありません.ちなみに,2013年以降の温暖化国際枠組みに関して「ポスト京都」という表現がされることがありますが,京都議定書は基本形を変えることなく継続することを「前提として」国際交渉が動いてきていることを忘れないようにしなければなりません.日本ではこの基本的点が誤解されている場合が多いようです(井の中の蛙状態であることが懸念されます).
解決策の考え方
競争力の問題が生じるのは,鉄鋼などの,国際競争があり,かつかなりのエネルギー多消費産業に限られます.言い換えると,これらのセクターに対する対策をとりさえすれば,問題の大部分は片付くと言えるでしょう.
これに対するアプローチは,3つ考えられます.
ひとつは,先進国だけの規制を止め,発展途上国も「等しく」規制を課すというアプローチです.これは,現在,そのような方向に動き出したところですし,時間はかかるでしょうが,徐々にそうなっていくと思われますので,それを待つしかないですね.ただ,現在の仕組みは国連の仕組みの下で動いており,国連の仕組みは基本的には国ベースです.とくに先進国に関しては,上述のように京都議定書で動くことがすでにコンセンサスになって交渉プロセスが動いているため,国という単位での規制にならざるをえません.それを覆すことは,モントリオール以降の交渉プロセスをひっくり返す(あるいは国連をベースとしたシステムを否定する)ことになりますので,まず不可能でしょう(発展途上国に関してはこれからでので,セクター別の考え方が受け入れられる可能性はあります).
2つめは,そのようなセクターの負荷を,その国の中で負担し合うという考え方です.たとえば,EU ETSで,他の産業はオークション方式,鉄鋼産業だけは無償割当方式というように,国内で負担の仕方に差を付けるという考え方です.これは(WTOとの関わりもありますが)国内の問題ですので,やろうと思えば,可能性はあるでしょう.国際競争力にさらされているエネルギー多消費部門への補助金政策と言ってもいいかもしれません.
3つめは,国境税調整のような仕組みです.環境規制等の緩い国からの輸入を規制する国はたくさんあります.一種の参入障壁ですので,WTOに抵触するおそれはありますが,何らかのリーズナブルな理由が付けば,可能となる可能性もあるでしょう.リーズナブルという点を,どこまで(WTOの)国際交渉で主張できるか?という点でしょうか.
いま求められているのは,これらのどのアプローチ(もしくはミックス)がフィージブルか?という点を冷静に判断することではないでしょうか.
競争力の懸念があるのは,温暖化対策のコストの影響がかなり大きく,かつ発展途上国と競争にさらされている産品に限られますので,京都議定書全体の是非論にもってくことは,かなり無理があるかと思われます.現在の国際交渉をみても,それが実を結ぶとは思えません.
であるなら,2番目と3番目のアプローチを,どのように行うか?という点を,きちんと議論していくことが必要ではないでしょうか?課題はWTOですが,先進国共通の課題でもあるので,京都議定書に大きくメスを入れようとするよりは簡単だと思うのですが...
[この文章は,ナットソースジャパンレター 2008年4月号に寄稿したものに,少し変更を加えたものです]