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Last updated: 2007.12.03

個人がかかわる排出権システム

「排出権」とは,他人が行った排出削減を移転するにあたっての証書のようなものです.いわば「分業」ですね.分業の考え自体は特別なものではありません.みなさんが日々の食事をするのに,畑を耕して野菜を収穫したり家畜を飼ったり,そして料理も自分で行う...これを全部自分で行う人はきわめて稀ですね.他人(とくにそれを専業としている人)から,それを買ってくるということは,社会の仕組みとしては普通です.排出権とは,それを温室効果ガスなどの排出削減という社会ニーズに適用しただけなのです.

特に排出権システムは,その所有者に「CO2排出量の現況」を,常に認識させる効果があります.それは,規制目標達成の目的であっても,削減すれば儲かるという金銭的インセンティブであっても,地球のために少しでも寄与したいという環境マインドであっても,「認識すること」の重要性は同じです.

その意味では,個々人が排出権システムに関与するということは,とくに不思議ではありません.CO2はつまるところ,個々人の生活から,直接的・間接的に排出されるもので,それを減らしていかなければならないという社会的ニーズがあるわけですからね.

今回は,わたしが直接関わっている2つの個人/世帯対象の排出権システムのご紹介と,むかし考えた究極の個人まで対象にした排出権システムの構想を簡単にご披露しましょう.

最初の例は,一種の「エコポイント」としての排出権です.わたしは南千里丘という駅前再開発地域の低CO2型街づくりデザインに関わっています.1000戸強の小さな再開発地域ではありますが,新しい街ですので,さまざまな「仕組み」をその中に最初からデザインすることができます.

「エコポイント」としての排出権とは,排出削減を行ったら,その分に比例して排出権(=排出削減クレジット)がもらえる仕組みです.その排出権は,その地域で地域通貨や換金機能を持たせることで,(何らかのベースラインから)「減らせば減らすほど儲かる」という仕組みをつくるわけです.CDMのようなものをイメージしていただくといいでしょうか.


ただ,このインセンティブスキームだけで,きちんとCO2排出削減が進むでしょうか?企業向け排出権取引制度もそうなのですが,実際の排出者が「どうすれば簡単に排出削減ができるか?」という情報を知らなければ,有効な手段をうつことが難しいでしょう.そのためには,(1)何からどれだけ排出しているか?という実績の把握,(2)排出削減のオプションとそれらのコストやポテンシャルなどの正確な情報,などが非常に重要となります.

南千里丘では,そのため各家庭の主要電力消費機器などに,エネルギー消費量のリアルタイムモニタリング装置を設置し,それを集中管理し,それを分析することで,各家庭に対しテーラーメイドな省エネ診断を行うことができるようにするわけです.

このような「排出削減の情報」を的確に把握でき,それにインセンティブスキームとして個人/家庭レベルの排出削減クレジットが導入されることで,このシステムは有効に機能するはずです(おそらく世界でも最初の試みです).うまくいけば,全国各地の再開発地域などで同種の試みを展開できるでしょう.通常のエコポイントと比較して,きちんと削減に結びつく厳格なシステムとなることが期待できます.その一方で,誰か(通常は企業であることが多い)がそのインセンティブの原資を提供する必要があることも指摘されるでしょう.

エコポイントは,「減らせば儲かる」ことをインセンティブとする制度ですが,カーボンオフセットは,地球温暖化問題に対する「何かしたいという気持ち」を表現するものです.

わたしが,新しく発足させた法人である「PEARカーボンオフセット・イニシアティブ」で行おうとしていることは,「個々人の責任感」を形に表すものとしてのオフセットプログラムの提供です.

わたしの考えでは,「カーボンオフセット」とは,個々人(や団体)が,自分の排出したCO2を相殺(=オフセット)ために,排出削減クレジットを購入することで,実質的にCO2フリーにするという仕組みです.また,やや離れたところから眺める「寄付」ともニュアンスが異なり,むしろ直接の利害関係者としての個人の「責任感」に基づいたものであるべき,と考えています(基本的にはコスト負担は消費者であるべきという考えです).

したがって,どういう活動からどれだか排出したか?という情報は,個々人の活動の温暖化への寄与を測るものとしてきちんと認識することが重要かつ必須だと思っています.それがあってはじめて,オフセット以外に,個々人の活動を温暖化問題の視点から見直すことができるでしょう.PEARでは,kg単位/1円単位でオフセットを提供します.それはそれが日常の排出量の単位であるからです.また,個々人でCO2排出量やオフセット量を管理するツールも提供いたします.

そのあたりが,同時期に発足した有限責任中間法人日本カーボンオフセットなどの考え方とは大きく異なる点でしょう.わたしの知りうる範囲では,これらのビジネスモデルは,基本的には企業向けで消費者の活動とのリンケージがなく,またコスト負担も企業側であって消費者が支払うものではないようです.また,消費者向け一般販売もあるものの,トン単位ということで日々の活動とのリンクはなされておらず,一種の「寄付」となっているようですね.

また,重要であるものの認識がされていない(?)点は,日本カーボンオフセットなどでは,支払われたコストはCER購入に充てられ,それが日本政府に無償で提供されることで,日本の目標達成に用いられるようです.カーボンオフセットの本来の考えが,「その人の負担したコストが,その分,地球からCO2を減らして,自分の活動をCO2フリーにする」のであれば(わたしはそう理解しています),獲得したCERは誰にも提供してはなりません.それがたとえ日本政府にでも,です.「地球のためか?」,あるいは「日本のためか?」という点を明確にしないでビジネスを行うことは,誇大広告という点でかなり大きな危険をはらんでいると思われます.

また,PEARでは,プロジェクトの種類にこだわっていきます.GHG削減効果以外の便益を多く含むタイプ,とくに現地住民が大きな便益を受けるタイプのプロジェクトを優先的に選択し,消費者に提供していきます.「野菜であれば何でもいい」という場合と,「産地直送・生産者の顔の見える有機野菜」の場合との違いと認識していただけたらいいでしょうか.

わたしは,以前IGESの研究者として日本の国内制度としての排出権取引制度を考えていた時期に,かなりドラスティックな制度を考えました.企業はもちろんですが,個人まで含めたキャップ・アンド・トレード型排出権取引制度です.普通は排出権は,金銭的価値を持つ一種の商品なのですが,この提案では「貨幣」に匹敵するレベルまで,経済の内部に埋め込まれます.

普通は,キャップ・アンド・トレード型排出権取引制度の場合,初期割当が行われる対象と,目標達成を報告しなければならない対象とは,同一であるわけです.それを異なっていてもいいのではないか?という新しい視点に立つと,次のような制度が考えられます.

    1. 初期割当をエネルギーの最下流の個人に対して行います(国全体の目標を総人口で割った量の割当).
    2. 一方で,最上流の化石燃料輸入・生産業者は,化石燃料販売分相当分の排出権を,年度末に政府を提出しなければならない.

すなわち,排出権は最下流の個人から最上流の化石燃料販売業者にまで経済原則に基づいて伝わっていくわけです(+国際市場からの調達/販売も可能です).言い換えると,上流側の企業は,ひとつ下の下流の主体に対し,「貨幣としての価格」と「排出権としての価格」の二種類の「価格」を提示することになります.これをdual economyと称します.付加価値税と形態が少し似ていますね.

この方式のメリットは,国全体としての目標が(少なくともエネルギーCO2という点では)オートマチックに達成可能(それだけなら最上流企業にだけ化石燃料輸入権としての排出権取引制度を導入すればいいでしょう)というだけでなく,それ以上に,実際にCO2排出の活動に関わるすべての主体が,排出権をどれだけ所有しているかを意識する必要が生じることです.CO2排出は,経済活動のほぼすべてに深く関わっていることが,この問題の難しさの元凶であるわけですから,その点にもっとも大胆にメスを入れた提案となっています.

この提案は,「日本の国内政策措置ポートフォリオ提案」 の中に公開していますので,ご興味のある方は,ご参照下さい.

以上,3つの個人の関わっている排出権システムをご披露しましたが,重要なのは,排出権という金銭価値を持ったものを通じて,それぞれの主体が自己の活動を振り返る機会が生じることであると思っています.それは対象が企業であっても個人であっても同じですね.


[この文章は,ナットソースジャパンレター 2007年 10月号に寄稿したものに,少し変更を加えたものです]



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