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Last updated: 2007.07.07

誤解だらけの国内排出権取引制度

一般に温暖化問題に関しては,「思いこみ」に基づく誤解が多く見受けられます.排出権取引制度や環境税に関しても,研究者レベルですら似たような傾向が見られるようなので,ここではまた「辛口」になってしまいますが「他山の石」として考えてみましょう.

ある研究結果として最近報告されたものの中に,排出権取引制度の「理論的」長所を

(1) 排出削減効果に優れている

(2) より少ない費用で対策が可能となる

(3) 適切な設備への更新を促進する

(4) 行政コストの節約効果がある

(5) 幅広い産業分野・企業規模への適用が可能である

(6) 革新的な技術開発を促進できる

と指摘し,それが「実態とは異なっている」という発表があったようです(わたしは発表を聞いておらず,プレゼンテーション資料のみからの推察です).どうも,排出権取引制度は制度として欠陥がある,と主張しているようにも見えます.この主張の妥当性を考えてみましょう.

まず,(1) の点に関して,米国電力セクターのSO2排出権取引制度を例に,日本やドイツの規制水準より排出量が多いという実態を挙げ,主張(排出権取引制度は削減効果に優れていない)の正当性の論拠としているようです.キャップ・アンド・トレード型排出権取引制度は,キャップ設定で総量が決まり,それは「取引」とは別種の問題です.国によって考え方が異なるわけですね.したがって,米国SO2規制水準が日本のそれより緩い,という指摘は正しいのですが,それは排出権取引制度の問題ではありません.比較すべきなのは,同じ米国において,排出権取引制度導入の有無による比較でしたら意味を持ちます.それに関しては,EPAが「取引制度」を導入することで,それ以前より厳しい規制を実効性のあるものとできた,という成果を初期段階で発表しています.

またこの点に関しては,EU ETSの排出枠が緩やかである,という点も主張されていますが,これも取引制度の制度論としての問題ではありませんね.EU ETSのキャップレベル設定が緩かったという主張はあるでしょうが,問題は「何に対してか?」という点です.そこを明確にしなければ主張は意味をなしません.資料ではどの部門も余っているようだから緩すぎた,と主張しているようですが,これも論理的ではありませんね.EU ETSがないケースとの比較でしたら意味を持ちますが,単に余っているというのでしたら,規制が有効に機能したため,先見性に富んだ企業が前もって削減をしたのかもしれません.実際は初期割当が緩かったということでしょうが,これは排出権取引制度の持つ欠陥ではなく,必要なら強化されていく性格のものであるわけです(欧州委員会はそうしようとしています).

次に,(2) の点に関して,米国SO2取引制度の場合に,削減効果が過大評価されたと評していますが,それはその通りだとしても,「より少ないコストで対策が可能となる」という点の反証にはけっしてなりません.他の政策措置との比較でなければ意味を持ちません.

(3) の点に関しては,「将来制度の見通しが不透明な上に、市場での排出権価格の変動が大きいことから、事業者が投資行動を見合わせ長期的に望ましい設備への更新に結びついていない」という点が挙げられています.これは,(6) の「革新的技術開発への影響」の点にも関係するのですが,排出権取引制度は,理論的には,新たな投資のようなコストがかかる対策を回避する方向に誘導する制度です.すなわち,理論的には,排出権取引制度は「設備更新」や「革新的技術開発」を目的とした制度ではありません.「理論的に不向きな点」が実現化しないのは当然であるわけです.

一般に,政策措置には,それぞれ特徴(得手不得手)があり,排出権取引はもちろんどの政策措置もけっして万能ではないわけですね.排出権取引制度は,短期的にできるだけ低コストな対策の実施を指向した政策措置です.設備更新や技術革新には,相応の補助金制度が有効であることは言うまでもなく,どのようにそれらを組み合わせるか?が課題であるわけですね.

なお,将来制度の不透明性が,排出権取引制度自体の問題でないことも自明ですね.

(4) の行政コストに関しても,「当初想定より大きい」という主張がなされています.問題は,「他の同等の効果を持つ政策措置の導入と比較して」ということであるはずですね.当初想定より大きかった...から,この制度は欠陥があるという主張なのでしょうか?

(5) の点で,「大規模排出源に限られる」という主張がなされています.これは欠陥なのでしょうか?

この研究では,「排出権取引の理論的長所は顕在化しなかった」と結論づけていますが,上記で述べたように,理論的長所の認識のはき違いと,比較すべき対象が間違っているため,よく考えたら,ほとんど説得性のないものとなっています.かなりバイアスのかかった意見と受け取られても仕方がないでしょう.

百歩譲って,正当性があるとしても,同等の効果を持ち,かつそれらの課題を解決する「代替案」を提示しなければ,意味がありません.あるいは「長所を顕在化することは現実的に不可能であることがわかった」という主張ならわかりますが(環境税はその主張が成り立ちます),そのような論証はなされていません.

上でも述べたように,政策措置には,それぞれ特徴があります.国内での削減を低コストで進めるためには,排出権取引制度は有効ですし,グローバルな制度である京都メカニズムとリンクさせることも容易であるわけです.加えて,排出権という世界で標準となりつつある新たなコモディティーの市場で,一国だけ取り残されてもいいのか?という視点も重要でしょう.

一方で,長期的視点に立った技術のイノベーションを進めるためには,別の補助金制度や規制制度がより有効であるわけですね.もちろん,排出権取引制度と補助金制度や規制制度は両立が可能であるわけです(さらに,同じ排出権取引制度でも,補助金制度でも,その範疇でさまざまなデザインが可能です).二者択一ではなく,どのようにしたら,うまくそれぞれの特長を生かしたポートフォリオを組めるか?という問題であるはずです.

排出権取引制度のみならず,すべての政策措置は,現実世界においては,なにかしら理論からの乖離は生じます.それは改善をどうしていくか?あるいはいけるか?という問題ですが,だからといって(同等の効果を持ちより優れた代替案がない限り)捨て去るべき,と言う主張には結びつきません.

もうひとつ重要なのは,将来の政府の方向性が明確化されていることですね.

誤解をなくし,論理的で正確な判断ができるようになりたいものです.どうすることが,いまの日本にとって必要なのか,よく考えてみてください.

[この文章は,ナットソースジャパンレター 2007年 5月号に寄稿したものに,少し変更を加えたものです]



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