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Last updated: 2002.09.01  

IPCCの価値と統合報告書

2001年 9月 24-29日,サッカーのメッカ,ロンドンのウェンブレーで IPCC の総会が開かれ, 統合報告書 (Synthesis Report) が採択されました.IPCC とはご存じの通り, 気候変動問題に関する科学的知見を集積することを目的とした機関ですが, 今回はその「役割」を考察してみましょう.

まず,IPCC の報告書は,評価報告書であり,既存の科学的知見を「評価(アセス)」したものです. 同時に,これはしばしば誤解されることですが,IPCC は「政府間パネル」であるということです. すなわち,リードオーサーは各国政府推薦で,報告書には専門家のみならず, 各国政府による審査(レビュー)が何度も行われます.特に,SPM(政策策定者のためのサマリー)は, 各 WG の総会で採択されるまでに,各国政府代表によって一行ごと詳細にチェックされます. したがって,それなりの「バイアス」がかかることは否めません(専門家たるリードオーサーは, その圧力に抗することになるわけです).また,地域バランスへの配慮や,基本的に無報酬の仕事であるため, かならずしも最高の知見がそこに示されるとは限りません.

これは事実ではありますが,わたしは,このことが IPCC の「価値」を低めるものではけっしてないと思っています. ご存じの通り,気候変動問題は科学的不確実性が非常に大きい問題です. 同じ科学者の中でも異なる意見が述べられる場合も多いでしょう.しかしそれでは, 政策担当者は何をベースに意志決定を行えばよいのでしょうか? IPCC は,その意志決定にあたって, 世界中の政策担当者がコンセンサスとして立脚「すべき」ベースを提供するのです (もちろん不確実性の大きさの評価も行います).もし,そのような一種の「権威」がなければ, それぞれの人は,自分に都合の良い結果のみを探し出してきてその正当性を主張し, 世界が先に進むことができなくなるでしょう.

その意味で,上で述べた(ある意味での)欠点は,IPCC の「限界」であると同時に,権威付け, すなわちコンセンサスのベースを獲得するための民主的プロセスを行う上で,「不可欠な」ものなのです. むしろ,報告書のレビューを徹底的に行うためには,政策担当者らは報告書の内容をよく読んで 理解しなければなりません.また,科学者側としても,政策担当者との対話を通じて, 彼らがどのような情報を欲しており,彼らのためにどのような「表現の仕方」をすれば本質を理解してもらえるか, ということを学んできています(この点はこの10年間で大きな進歩が見られます). わたしは,この「政策サイドと科学サイドの相互作用プロセス」こそ,IPCC の本当の価値であろうと考えています.

IPCC の Watson 前議長は,第 3 次評価報告書 (TAR) の集大成である「統合報告書」として, これまでにないユニークなプロジェクトを立ち上げました.TAR は3つの報告書(気候科学,影響と適応,排出削減) から成っています.彼は,これらの垣根を取り払って,「政策に関連する 9 つの科学的質問」を設定し, それに「IPCC が答える」という形で,統合報告書を作成しようとしたのです.

たとえば,最初の質問は,「気候変動枠組条約の究極の目的である温室効果ガス濃度の危険でない水準での安定化」 にかかわる質問で,「危険でない水準」の同定に科学はどのようにこたえを出すことができるであろうか?というものです. 結論としては,「危険」の判断は,「政策判断」であり,科学側から結論を出すことはできない. しかし,その判断のベースとなる有益な情報は提供できる,というものでした.

その他,気候にかかわるさまざまな慣性(時間的な変化しにくさ)を,自然科学的なものから, 社会経済システムのプロセスにかかわるものまで扱っています.また不連続な(取り返しのつかない) 現象なども対象となっています.将来シナリオをどう解釈し,意志決定にどう寄与していくか,などの点に関しても, 含蓄のある視点が述べられています.

最後の 9 番目の質問は,「もっともロバストな知見と重要な不確実性」に関するもので, どこまでがかなりの確度で分かっていて,今後に向けてどのような不確実性が残っているか? ということを総括したものとなっています.

この統合報告書は,http://www.ipcc.ch/ からダウンロードできますので, ぜひ,一度ごらんになってください. きっと,気候変動(地球温暖化)問題に対する「認識」が,一歩前進すると思いますよ.

IPCCグラフ

[この文章は,ナットソースジャパンレター2001年11月号に寄稿したものに,少し変更を加えたものです]



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