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Last updated: 2007.07.07

IPCC第4次評価報告書 - 気候の科学

2007年は,IPCCにとって,5年(あるいは6年)ごとにリリースする「評価報告書」の年です(第4回評価報告書=AR 4).IPCCの最大の目的である『その時点の科学的知見を集約・評価し,政策担当者に報告する』年であるわけです.

IPCCは,国のGHG排出量インベントリー測定のガイドラインを扱うタスクフォースを除いて,3つのワーキンググループ(WG)から成ります.WG 1が気候のサイエンス,WG 2が気候変動の影響と適応策,WG 3が緩和策(排出削減や吸収拡大)となっています.2月はじめに発表されたのは,WG 1のSPM(政策担当者のためのサマリー)で,続いてWG 2,WG 3のSPMがそれぞれのWGの全体会合で承認(approve)されます(同時にそれぞれのフル報告書がacceptされます).最後に今年の10月のIPCC総会で,統合報告書が承認され,全部で4セットの報告書ができあがるわけです.

IPCCの「意味合い」に関しては,第3次評価報告書のリリースされた2001年11月号のナットソースジャパンレターに記しました.

簡単にまとめますと,IPCCとは,

のための,民主的プロセスと言えると思います.

さて,IPCC AR 4 WG 1レポートの外部の反応に関しては阿部さんがまとめておられますし,SPMの和訳に関しましては,気象庁が行ったものがあります ので,温暖化に関わる方は,ぜひ一度ご覧ください.ここでは,その内容をわたしなりの視点で,すこし考えてみましょう.

一般に,温暖化問題は科学的に不確実な点が多くあります.それは事実ですが,逆に,科学的に「ほぼ確実な」点も多くあります.重要なことは,なにが不確実性が高くて,なにが確実なことであるか?を峻別し,正しい理解をすることですね.IPCCは,そこを専門家間で何度も議論しながら,現状の知見における不確実性の程度を決めています.もちろん,必ずIPCCの記述していることが正しいと言うことではないのですが,多くの科学者がかかわり,かつそれ相応の審査手続きを経てきているため(SPMはライン・バイ・ラインで厳しい審査を経てきています),「好き嫌い」でその結果に反駁することはルール違反です.

それでは,かなり確度が高い(ほぼ科学的事実といえる)ポイントを,いくつかみてみましょう.

まず,過去の(たとえば南極氷床コアの)観測データは,疑うことのできない「事実」を提供します.それによりますと,地球の気候システムは,過去一万年あまり,現在にいたるまで,間氷期(氷河期の間)にあります.CO2大気濃度も260−280ppm,気温も平均15℃でほぼ一定の過ごしやすい状況が続いてきました.

それが,ここ150年程度(1万年の1%のタイムスケール)で,急激なCO2(および他のGHGs)大気濃度上昇と気温上昇を経験してきています(これも疑いようのない事実ですね).2005年のCO2濃度は379ppmと産業革命以前から35%も上昇し,その増加傾向は歯止めがかかりそうにありません.最近12年(1995−2006 年)のうちの11 年の世界の地上気温は,計測器による記録が存在する中(1850 年以降)で最も温暖な12 年の中に入ります.グラフに描いてみるとほとんど垂直に立っているようすがよくわかります.それが人間活動によるかどうかという以前に,地球が温暖化しつつあることは,疑いようがない事実です.

つぎに,それが自然現象によるものか,人間活動によるものか?という点ですが,これが人間活動によるものであることも,ほぼ事実となっています.年々精緻化されていく全球の気候モデルは,かなり過去の現象をよく再現できるようになっています.言い換えると,(GHG排出シナリオが与えられれば)将来の気温上昇などをかなり正確に予測できるということです(不確実性のレンジもそれほど大きくはありません).もうすこし正確に言うと,雲の効果などの負のフィードバック効果は,なお不確実性の幅は大きいものの,人間活動による温暖化への正のフィードバック効果を打ち消すほど大きくはありません.


図: 将来のGHG排出シナリオ(B1, A1B, A2)ごとの地域別気温上昇シミュレーション

大気のメカニズムという点で,5年前には理論と観測の不一致が残っていた下部・中部対流圏の気温が地上気温の記録と同様の昇温傾向を示すことも,そのギャップはほぼ解消しました.科学的理解は着実に進んでいます.

次に,海表面の熱膨張,氷河/氷帽の後退,グリーンランド氷床の融解,南極氷床の融解などの効果は,1993−2003年の上昇率はほぼ観測結果と一致します.一方で,今後に関しては,現在のモデルには含まれていないものの,力学的な過程にともなう昇温によって氷床の脆弱性は増加し(氷床の底面でかなり大きな氷の融解・流出が起きていることがわかってきました.南極の氷棚の下には大きな液体の湖があります),今後,想定以上に将来の海面水位上昇が加速することが懸念されます(AR 5の主要テーマの一つとなるでしょう).

気候変動の,気象に対する影響として,一般に温暖化は「極端な事象(異常気象)」の強度や確率を上げる傾向があります.

実際,1970年代以降,特に熱帯地域や亜熱帯地域では,より厳しく,より長期間の干ばつが観測された地域が拡大しました.今後も,極端な高温や熱波,大雨の頻度は引き続き増加する可能性がかなり高いとされています.

また,熱帯域の海面水温上昇に伴って,将来の熱帯低気圧(台風およびハリケーン)の強度は強まり,最大風速や降水強度は増加する可能性が高いとされています.一方で,1970年以降,いくつかの地域で非常に強い熱帯低気圧の割合が増加しているように見えますが,この増加は,現在のモデルによる同期間を対象としたシミュレーション結果よりかなり大きいようで,今後の研究課題となるでしょう(もちろん現在の推計が過小となっている可能性が考えられますね).

京都議定書のコンテクストで考えると,2030年程度であればどのようなシナリオを選択しようとも大きな違いはないことがわかっています.しかしながら,短期的に大きな差がないように見えても,長期的には大きな差となって現れます.気候系の大きな慣性(動き出したら止まらない性質 )にも注意が必要ですね.長期的に,気候変動枠組条約の究極の目的となっている「濃度安定化」自身は,現在よりかなり低い水準に世界の排出量を抑えなければならなく,上昇傾向を抑えるだけでもむつかしい現状からは,いまのところはほど遠い目標です(だからといって諦めていいというわけではありません).

懸念として残るのは,北極域の永久凍土の表面気温が全般的に上昇し,最大では+3℃に達するようです(極地域の気温上昇は平均より遙かに大きいのです).SPMには指摘されていませんでしたが,永久凍土がなくなると,その中に閉じこめられていたメタンハイドレートが気化し,温暖化に歯止めがかからなくなる...というケースも考えられるような気がします.非線形で「とりかえしのつかない」事象が起きる可能性ですね.

さいごに,「平均」をとるという行為は,ドラスティックな変化を,非常にマイルドな形で表現するということに,注意を呼びかけておきましょう.数字の意味をきちんと読み取るのは,なかなかむつかしいですね.

さて,どうしてこのような温暖化のサイエンスをまた持ち出したかというと,コストを払ってまで温暖化対策をとることへの反対論者は,それによる経済的ダメージを強調することがあっても,サイエンス面の温暖化の脅威に関しては,ムシを決め込んでいるからです.

IPCCのWG 2は,「気候変動の影響」に関して,さらに詳細なレポートをしてくれることになっています.どのような内容となるでしょうか...

[この文章は,ナットソースジャパンレター 2007年 3月号に寄稿したものに,少し変更を加えたものです]



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