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Last updated: 2009.01.02

地球温暖化懐疑論をどう考えるか?

懐疑論が目に付きますが...

最近,地球温暖化問題に対する懐疑論の本がいくつも出版され,メディアなどでも取り上げられることが多いようです.

内容に関しては,「とんでも本」から,それなりの考察をしているものまであるようですが,かなり前者の比率が多いようです.著者の「意見」を「事実」のように述べているものまであるようですね. 一例として,「どうせ日本ががんばったところで全体に対する寄与は小さいのだから,やるだけムダ」というような意見もみたことがあります.どうせわたしひとりがノ どうせ我が社だけがノ というような考えをみんなが持ったらどうなるでしょう?

メディアの方は,異なった意見も公平に載せるべきノという考え方や,センセーショナルなものが売れる... といった考え方に基づいて取り上げているように見えます.

ここでは,懐疑論の個々のポイントに対する反論などは,明日香さんたちのそれに関するペーパー(http://www.cir.tohoku.ac.jp/~asuka/)や,英文になりますが,How to Talk to a Climate Skeptic (http://gristmill.grist.org/skeptics)に任せて,すこし別の社会的視点からこの問題を考えてみましょう.

科学としての地球温暖化問題

気候変動もしくは地球温暖化問題は,科学的に不確実なところがあることは確かです.

わたしも科学者(物理学者)だったので,科学の分野で「定説に疑問を持つ」という姿勢は,きわめて健全な姿勢だと思います.

ですが,その際に重要なことは,その疑義を論ずる場です.それは関連する学会であったり,レフェリー付きの科学ジャーナルの場であるべきなのですね.一般大衆のメディアなどで説明するのは,その後であるのが,学問としての科学のルールかと思います.

社会的に影響の大きそうなことを,センセーショナルに主張している人たちは,専門家のコミュニティーではその主張ができないため,知識を持たない人を煽っていると思うのが通常でしょう.もはや19世紀ではなく,学会などは,それがきちんとした理論やサポートする実験や観測に裏付けられている限り,それを受け入れるオープンな素地は十分にあります.

実際,懐疑論者のレフェリー付き科学ジャーナルに書かれた論文は,ほとんどないのが実態のようです(アル・ゴアの映画では,ゼロとなっていました).

社会的対応としての地球温暖化問題

一般に,科学者にもいろいろな考えの人がいて,たとえば地球温暖化問題に関しても,温暖化は起きていないと主張する人から,完全に手遅れという人まで,「幅」があります(怪しげな科学者まで含みますが).

一方で,地球温暖化問題に対応するには(もちろんしなければならない場合には),グローバルな「行動」が必要になります.そのためには,なんらかの「依って立つ《べき》」科学的コンセンサスが必要になることは,言うまでもありません.

為政者が,そのたびごとに,自分勝手な政治的意向をサポートするような科学者の意見をピックアップするような状況では,「前に進めない」のです.

たとえ,将来,あの時点の科学的コンセンサスは間違いだったノ ということになったとしても,その時点の何らかの「依って立つ《べき》」科学的コンセンサスは必要です.それが,まさに1988年に設立されたIPCCなのですね.IPCCは,国連の「政府間パネル」としてその時点の科学的コンセンサスを形成するために設立され,5, 6年ごとに,「評価報告書」を出版しているわけです.

IPCCには,数千人の科学者が関与し,政府側と専門家のレビューもかなり詳細なものが行われます.「政策担当者に向けてのサマリー」の内容に至っては,ライン・バイ・ラインで,チェックされます.それは,まさに執筆する科学者と政策担当者との相互作用の場なのです.また,IPCCは客観的な科学的情報の提供プロセスですが,政策のレコメンデーションは行いません.そこには明確な線が引かれています.

このような経緯があるため,COP(気候変動枠組条約の締約国会議)の場でも,先日の洞爺湖G8サミットの場でも,「IPCCの結果を尊重する」というステートメントからはじまるわけです.たとえIPCCの結果にバイアスがかかっていたとしても(けっして大きくはありません),わたしはこのコンセンサス形成プロセスは素晴らしいもので,必要なものであると思います(より望ましいプロセスを思いつきません).

人類の温暖化問題の科学面の認識の仕方

地球温暖化問題は,「対策」という面では間違いなくグローバルな視点が必要で,そのためにはあるひとつの科学的ベースが必要です(それはもちろん不確実性の幅を持っています).したがって,「IPCCの記述したことは,現時点の科学的コンセンサスとして認める」という姿勢が必要なのです.そうでないと前に進めません.

科学的におかしい... もしくは新しい発見があった... という場合には,まずはサイエンスのコミュニティーできちんと発表すべきでしょう.それが専門家間で評価されるだけの正当性をもつものでしたら,次回(もしくは次々回)の IPCCの評価報告書に載る可能性が高くなるでしょう.

懐疑論どころか...

いまのIPCCの結果が,かなり「甘い」推計になっていると可能性も十分にあります.たとえば,グリーンランドや南極の氷床の下には,非常に大量の「水」やその流れが存在します.それを現在の第4次評価報告書は計算に入れていません(ときちんと書いてあります).第5次ではこの点の知見が高まるでしょうから,海面上昇の数字が大きく増える可能性もあるのです.

また,大きな取り返しのつかない変化が極めて短期間に起きるノ 可能性も,現時点のIPCCではきちんと評価できていません(IPCCはそのようなことが起きないと言っているわけではありません.そこまで知見が進んでいないことを認めています).最近,古気候の研究から,グリーンランドで10℃程度のきわめて大きな気温上昇が3年間(地質学上では極めて短期間!)で起きたことがわかったようです.気候系の変化が起きるときには,徐々に起きるのではなく,きわめてドラスティックな形で短期間に起きた実例のひとつですね.私個人としては,このような研究を,物理学の相転移の手法を使って行ってみたいと考えています.



[この文章は,ナットソースジャパンレター 2008年 9月号に寄稿したものに,少し変更を加えたものです]



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